カーボンフットプリントゼロを目指すものづくりへ。「Allbirds」の“目に見える”サステナビリティ
“サステナブルな社会の実現は、一個人、一企業が解決できるものではないー。” これまでのファッションブランドは、ブランド独自の製作技術や開発した素材に関する情報は、デザイン同様に、オリジナリティとして秘密にしていました。しかしそんな常識を超えて、技術や素材をオープンソース化、つまり情報や技術を開示することで、みんなで手を取り合ってビジネスの力で気候変動を逆転させようという、マインドまでオープンなブランドがあります。それが、フットウェアを中心にアパレルも展開する「Allbirds(オールバーズ)」です。ファッションビジネスの力で、気候変動を逆転させるためにどのような取り組みをしているのか、マーケティングディレクターの蓑輪光浩さんにお伺いしました。
この記事でわかること
- 商品の素材がつくられてから、商品が捨てられるまでに出る温室効果ガスを、全ての商品に表示
- 温室効果ガスをゼロにするだけでなく「地球を元の状態にまで戻す」のが目標
- 独自の技術や開発した素材も公開する、業界を巻き込んだイノベーション
ブランドのはじまりは、元サッカー選手とバイオテクノロジーの専門家との出会いから
——まずはじめに、ブランドがどのように誕生したのかを教えてください。
「Allbirds」は2016年にサンフランシスコで創業したスタートアップ企業です。創業者は2人いて、1人はサッカー元ニュージーランド代表選手であり、副キャプテンを務めたティム・ブラウンです。彼が選手時代に出場したワールドカップがおこなわれる際に、最先端の派手なシューズを提供されることが多くありましたが、彼はなるべくシンプルなものを履きたいと考えていました。そこで着目したのが、ニュージーランドで人口よりも多いとされる羊の毛の中でも、極細で高品質のメリノウールです。彼はプロサッカー選手を引退後、通っていたロンドンの学校の先生に、ウールでスニーカーをつくりたいと相談しました。はじめは不可能だろうと軽視されていましたが、だったらキックスターターとしてやってみたら? という助言を受けてはじめてみたところ、非常に高い反響を得ることができ、ビジネスへと発展していきました。そんな時に、もう1人の創業者であるジョーイ・ズウィリンジャーと偶然の出会いを果たします。彼はバイオテクノロジーのエンジニアであり専門家。2人はすぐに意気投合し、靴用の革新的なウール素材の開発に成功しました。こうして、ティムの思想とジョーイのテクノロジーが融合したブランド「Allbirds」が誕生しました。
「Allbirds丸の内」の店内には、商品が出来上がるまでの一連の流れを表した、その名も「オールバー図」が飾られている。右側にはさり気なく、創業者であるティム・ブラウンとジョーイ・ズウィリンジャーの姿も。原料調達から製造、店頭に並ぶまでの流れが、ひと目で分かりやすく、楽しく描かれており、お客様との会話も生まれやすいのだそう。
——「Allbirds」が考えるサステナブルとは?
創業当初から“より良いものを、より良い方法で”という理念を掲げ、環境への負荷をできる限り減らす取り組みをおこなってきました。ですが、その取り組みをさらに強化すべく“ビジネスの力で、気候変動を逆転させる”を現在の目標にしています。原材料の調達、生産、運搬、使用、廃棄という、作られてから捨てられるまでの各過程において生じた、地球温暖化の原因となる温室効果ガス(GHG)の排出量の総計をCO2量で示すカーボンフットプリントを2025年までに半減、2030年までにほぼゼロに、さらにはゼロにするだけでなく、最終的には地球を元の状態にまで戻す、いわば現状から逆転させることを目指しています。
蓑輪 光浩さん/Mits Minowa Allbirdsマーケティングディレクター 1974年生まれ。ナイキジャパン、ユニクロなどの大手企業にてマーケティングや広告などの仕事を手掛ける。2018年にはビル&メリンダ・ゲイツ財団プロジェクトマネージャーに就任。その後2019年に現在の「Allbirds」にて、マーケティングディレクターを務める。
「気候変動を逆転させるための、素材の選び方」 環境への負担を減らすだけでなく、良い影響を与える
FSC®認証(環境・社会・経済の観点から適切に管理されていることが確認された森林由来の原材料に与えられる認証)を受けたユーカリ素材のニットアッパー。シルクのような滑らかさと、通気性の良さが魅力。
——「Allbirds」では、アッパー(靴の甲をおおう部分)にウールやユーカリ、ソールにはサトウキビが使われていますが、そういった自然由来の素材を採用する理由を教えてください。
現在多くの靴が石油系の素材でつくられています。より薄くて、丈夫で、生産効率が良いものとなると、ナイロンやポリエステル系のものに頼ってしまうのですが、過程を考えるとどうしても環境への負荷が大きすぎる。「Allbirds」は、地球上に生きて自然に生かされているという考えから、自然への感謝、尊敬の気持ちを込めて極力自然由来の素材を使用しています。また、ただ植物を使えばいいということではなく、水の使用量などについても考えています。日本のように蛇口をひねるといつでも水が出てくる国ばかりではないですし、畜産が与える水への影響もたくさんあります。そこで、農地に水を供給する灌漑の施設が必要なく、水の使用量を削減できるサトウキビやユーカリといった植物を選んでいます。
——今までありそうでなかったウール素材のスニーカーですが、どのような有用性がありますか?
まず、「Allbirds」では羊の幸せも大切にするためにZQメリノウールを採用しています。ZQメリノウールとは、安定した生産、環境保全、動物愛護、作業の安全性に対する生産農家の努力を、第三者が認証して供給されたメリノウールのことです。そしてウールは保温性、吸湿性、通気性に優れているため、機能的で快適な素材です。ただ、そのウールを得るための羊を育てる際には、どうしてもゲップが出てしまいます。羊のゲップはメタンを含み、何万頭もの羊が集まると温室効果ガス(GHG)の原因の一つにもなってしまいます。
そこで「Allbirds」は、豊かな土壌を作り、CO2を地中に貯留させことができる“環境再生型農業”に着目しました。毎年羊を放す場所を変え、自生する植物で羊を養います。そして羊のフンを含んだその土地に違う作物を植えて、次の年は別の場所へ羊を放つ、というサイクルを作ることで土を循環させます。人の手で耕さないことで土壌に生息する微生物を生かすことができるうえに、羊が牧草を食べることで植物の成長を促し、その植物の光合成により大気中のCO2を減らすことができます。
「気候変動を逆転させるための、フレキシビリティ」 数値・技術をオープンにし、手を取り合って気候変動を解決へ導く
プロダクトがつくられてから捨てられるまでの各過程で排出される温室効果ガス(GHG)の排出量を数値化し、店内の壁や商品に表示。つまり、この数値が低ければ低い程、温室効果ガス(GHG)の排出量が低いということ。「Allbirds」はすべての商品にカーボンフットプリントを表示する、世界初のファッションブランド。
——「Allbirds」はカーボンフットプリントを数値化し、世界で初めてすべての商品に表示したファッションブランドですが、なぜ表示をするのですか?
ダイエットと同じで、基準の体重を知らないと、減らせないですよね(笑)。数値として目に見えるようにすることで、カーボンフットプリントも商品を選ぶ際の選択肢の一つになると考えます。それによって、将来的にお客さまの意識や行動の変化を起こすことができるのではないかと思い、数値化し製品自体にもラベリングしています。
——カーボンフットプリントツールの技術や開発した素材を、なぜ他の企業にオープンソースとして公開したのですか? 独自性がなくなってしまうのでは?
独自性も大切ですが、気候変動をみんなで解決しようということを一番に考えています。技術を独占し、一企業だけが頑張ったところで地球課題は解決できないからです。そこで「Allbirds」がイノベーターとなり、自分たちがつくったカーボンフットプリント計算ツールやラベルデザインを業界全体に公開しました。サトウキビのソールは他社のブランドでも実際に商品化してくれています。
——オープンソース化すると収益がでないのでは?
もちろんコストや収益は考えていますが、大きな根本の問題は気候変動の解決です。世界で見ると「Allbirds」のシェアは小さいですが、オープンにしたツールや情報をみんなに使ってもらうことで需要が伸び、市場が大きくなることでコストが必然的に下がります。そうして石油由来の素材を少しでも減らし、最終的には気候変動を逆転させたいと思っています。
「気候変動を逆転させるための、サステナブルなデザイン・クリエイティブ」 常識を変えることで見える新たな可能性
(上から時計回りに)ブランドのフラッグシップモデルであるウールランナー、素材違いであるツリーランナー。いずれもサトウキビからつくられた、弾力性抜群のインソールが足を包み込む。そして女性に人気の高いユーカリ素材のバレエシューズ。ひまし油とメリノウールを使ったインソールで、高いクッション性、吸湿性、防臭性を実現している。
——長く愛用してもらうための、デザインのこだわりについて教えてください。
履き心地が良く、余計なパーツを削ぎ落としたシンプルなデザインと、まるごと洗濯可能なところが特徴です。伸縮性があるので、外反母趾や出張の飛行機などでむくみが気になるという人にもおすすめします。多くの人のライフスタイルに馴染む、汎用性の高いシューズであることを前提としていて、その上で実はサステナブルなシューズなのだと知ってもらえたら、お客さまも購入する際に気持ちが良いのではないかと考えています。
——履き心地について具体的に教えてください。
安定した生産、環境保全、動物愛護、作業の安全性などに関する高い基準を満たしたZQメリノウールのアッパーの場合は、しっとり柔らかい肌触りと耐久性が魅力です。ユーカリの木の繊維を使用したアッパーの場合は、シルクのようになめらかで通気性も良く、心地良い涼しさが感じられます。ブラジル産サトウキビからつくられたソールは、弾力性抜群です。
——何回くらい洗濯が可能ですか?
扱い方にもよりますが、靴は大体2〜3年程でどうしても傷んできますが、年に平均3回洗うという計算をすると、6~10回程度の洗濯が可能です。洗濯機内でグルグルされるわけですから、洗濯ネットに入れても、それなりに傷みます。
——「Allbirds」の靴箱をそのまま持ち運んでいる人を街中で見かけます。
買い物をする時にはショッピングバッグがあり、レシートを渡すのが普通ですが、それらをつくって運ぶにもCO2が排出されます。せっかくCO2排出量ゼロを目指しているのに意味がありませんよね。そこでショッピングバッグの代わりに、靴箱に靴紐を通しそのまま持ち帰ることのできるスタイルにしました。希望される方以外は、レシートは印刷せずにメールで送っています。クレームがきたことはほとんどありません。当たり前だと思っていることを変えることで、前進につながるんだと思います。
ショッピングバッグをなくし、靴箱に靴ひもを通すことでそのまま持ち帰ることのできる仕組み。靴ひもは各店舗、各都市ごとに色が異なり、「Allbirds丸の内店」の靴紐は、丸の内の銀杏並木からインスピレーションを受けた黄色に染められている。さらに、この靴ひもは1足分が1本のペットボトルからつくられた再生ポリエステル100%でできている。
さらに、店内の電気は再生可能エネルギー、包装紙や印刷物はすべてFSC®認証のものを使用している徹底ぶり。FSC®認証とは森林認証制度のことで、管理・保護された森林で伐採された木材だということを認証する国際的な取り組み。
日本有数のオフィス街に佇む「Allbirds丸の内」。ビジネスパーソンはもちろん、皇居の外周路や日比谷公園にはランナーも多く、革新的な「Allbirds」にぴったりの立地。
サステナブルというと、つい難しいことのように考えてしまいますが、「Allbirds」は地球環境を良い方向へ変えていこうという強い想いで、テクノロジーを生み、クリエイティブとなり、気候変動を抑止しながらもファッションやライフスタイルを楽しむことができるという新しい価値を生み出しました。そんな新たな価値観を世界中で共有しながら、気候変動を逆転させるという目標に取り組む「Allbirds」。どんな新しいクリエイティブが生み出されるのか、これからも目が離せません。